名護博物館正面 |
名護博物館玄関で |
名護博物館前道路と壁画 |
名護博物館周りのフクギ群 |
名護番所跡のフクギ群の標識 |
名護番所跡のフクギ群 |
名護親方 程順則 (ていじゅんそく)の銅像 |
名護親方 程順則 (ていじゅんそく)とは |
展示室見取り図(1階) |
家畜の展示コーナー |
家畜の展示 (アーグー) |
家畜の展示 (ヒージャー) |
畑の展示コーナー |
畑の展示品 |
畑と住の展示コーナー |
食のコーナーと住のコーナー |
山原(やんばる)の食べ物 |
ゴーヤーチャンプル |
スパ (沖縄そば) |
食品加工の展示品 |
住まいの展示品1BR> |
住まいの展示品2 |
衣の展示品 |
名護市の祝い、儀礼 |
↑ナージキ(命名)儀礼 ↑披露宴のお祝 |
↑タンカー(1歳の誕生日)の祝い ↑披露宴の料理 |
沖縄近海の鯨類 |
ヒートゥ狩の道具 |
↑ヒートゥ狩のモリ |
↑名護湾 ピトゥ(イルカ)追い込み漁 |
山 (ヤンバル)の動物展示 |
琉球犬とリュウキュウイノシシ |
↑ヤンバルクイナ |
やんばるの昆虫 |
平成23年度名護博物館友の総会1 |
平成23年度名護博物館友の総会2 |
2004年から貯蔵の名護博物館友の会「百年古酒」を取り出す |
「百年古酒」を販売 |
購入した「百年古酒」 |
皆で田植え(2011年4月3日) |
親子で田植え(2011年4月3日) |
成長中の稲 (田植えから1ケ月後 2011年5月3日) |
皆で脱穀作業1 (田植えから3.5ケ月後 2011年7月16日) |
皆で脱穀作業 2(田植えから3.5ケ月後 2011年7月16日) |
名護博物館で出発前に説明を聞く |
万国津梁館 |
万国津梁館から名護名護市街を望む 名護市街は昔は海峡であった |
地質巡検参加者全員で 遠くは古宇利島 |
鳥の巣展入口 |
鳥の巣展展示1 |
鳥の巣展展示2 |
ヤンバルクイナ |
琉球王国時代の兼箇段集落の復元図 |
兼箇段集会所(獅子舞練習場) |
兼箇段集会所(獅子舞練習場) |
西大屋の古井戸と古壷 |
イリフウヤ(西大屋) |
十九三窯 (とくさんがま) |
仲門小のフール(豚小屋兼トイレ) |
ナカジョウグワ(仲門小) |
カンサギ(神アシャギ)の中の拝殿 |
シーシヤ(獅子屋)保存の獅子頭 |
アシビナ(殿遊庭)拝所・火の神 |
神アシャギ (カンサギ)の拝所の前の広場で |
神アシャギ (カンサギ)の拝所 |
クニヌシの墓(兼箇段グスクの西側) |
ジョーミーチャー(3門口の墓) |
ウブガー(産井戸) |
カネカダンウテ(兼箇段王主の墓) |
二ガン(門中) |
伊平屋島には北から田名(だな)、前泊(まえどまり)、我喜屋(がきや)、島尻(しまじり)、野甫(のほ)という5つの地区があり、
今なお神々しい伝説や遺跡、旧跡が数多く残っている。 ★田名地区には県天然記念物の「念頭平松」という樹齢500年の大きな琉球松やクマヤ洞窟(ガマ)という天の岩戸伝説がある大きな洞窟がある。 また田名岬にあるクバの木が密集しているクバ山や田名池などの自然景勝地が多い。田名岬には伊平屋島灯台がある。 ★前泊地区には伊平屋島のほぼ中央にあり、伊平屋島の玄関口であるフェリー発着ターミナルがり、近くに伊平屋村役場、消防署、伊平村民族資料館など の公共施設がある。 ★我喜屋地区にはサンゴ塀がある古民家の町並が続く我喜屋集落がある。また集落の中央に伊平屋小学校があり、周辺に拝所や神アサギなどの祭礼場所が ある。我喜屋の密集した碁盤状の集落に残るテーブルサンゴを積み重ねた高い塀垣、その内側にある大きなフクギ、古い赤瓦やセメント瓦の古民家が続く町並は 他に類が無い。こ景観を長く保存したいものである。伊平屋唯一の伊平屋酒造がある。さらに集落の南の高台に我喜屋ダムがあり、海岸近くに琉球王朝第一尚氏時代 の先祖である屋藏大王の墓である屋藏墓(やぐらばか) がある。 ★島尻地区にも神アサギなどの祭礼場所や古民家がある古い町並がある。また野甫大橋に近い所に鹿児島県と沖縄県の境界である北緯27度線が通っているが、 伊平屋島は全島沖縄県に所属する。 ★野甫地区のある野甫島は野甫大橋で伊平屋島と連結しており、野甫大橋近辺の海の色は素晴らしい。野甫島から切り出した石灰岩の角石は民家の塀垣、石畳 や我喜屋、島尻の神アサギの支柱などに使用されている。なお野甫港から伊是名行きの渡し船が出ている、 |
↑伊是名島から見た伊平屋島:左の野甫島と右の伊平屋島が野甫大橋で連ながる。最も高い山は賀陽山(がようざん) |
フェリーターミナルと虎頭岩(とらずいわ) |
仲田港ターミナルの伊平屋島案内の前で同行者を |
伊平屋村歴史民族資料館入口 |
シヌグ堂 |
念頭平松 :県指定天然記念物 |
クマヤ洞窟 (がま):県指定天然記念物 |
クマヤ洞窟の御願所:天照大神の岩戸伝説地 |
クマヤ洞窟見学後、洞窟を背に同行者と |
田名の岬のクバ山にある伊平屋島灯台灯台 |
田名の久葉山北側の海岸 |
ヤヘー岩(やへー) 今帰仁の軍勢から島を守った |
田名西海岸:シーサと遠くにヤヘイ岩 |
埋め立てられて狭くなった田名池 |
我喜屋ダムから見た我喜屋集落全景 |
我喜屋(がきや)集落がある場所は昔は海であった所で今は砂が堆積して平野を形成している。集落の中央にある伊平屋小学校の回りにはテーブルサンゴを高く積み重ねた塀垣が
連なる町並がある。またサンゴ塀の内側にフクギの樹を林立した赤瓦の古民家が残っており、他に類のない景観である。 今回、名護博物館の関連で我喜屋集落を何回か訪れ、我喜屋集落をすべて歩いて町並の形態を調査した。 中央は伊平屋小学校、左に我喜屋公民館、右に県立北部病院の伊平屋出張所や我喜屋漁港があり、遠くに伊平屋村役場などの公共の建物が見える。 中央遠方の盆地には神アサギ、ノロ殿等の祭事を行う拝所がある。左向こうの腰岳の麓には稲作水田地帯が広がり今も高架水路で水が引かれており、高台に土地神である土帝君(ふとうきー)の拝所がある。 手前左に伊平屋酒造があり、手前右側に集落唯一のやぎ小屋がある。 |
我喜屋集落のサンゴ塀が続く町並 |
集落のサンゴ塀の町並み1 フクギと赤瓦の古民家 |
集落のサンゴ塀の町並み2 連なる赤瓦の古民家 |
我喜屋集落最古の赤瓦の古民家 |
我喜屋集落最古の赤瓦の古民家の前で |
↑集落のサンゴ塀の町並み 空き地内に畑と老人 ↑集落のサンゴ塀の街並み 空き地内が畑に ↑集落のサンゴ塀の町並み 伊平屋小学校の体育館 |
↑集落のサンゴ塀の街並み セメント瓦の小屋 ↑集落のサンゴ塀の古民家、空家の赤瓦の古民家 ↑集落のサンゴ塀の街並み 遊び場と女の子 |
我喜屋の神あしあげ (県指定有形文化財) |
拝殿と神あしあげの間での豊年祭 |
豊年祭の踊りと三線の演奏 |
神あしあげの中での豊年祭の神事 |
拝殿に向う神を道を歩く |
伊平屋小学校 校庭の大きなガジュマルと少女 |
伊平屋島唯一の伊平屋酒造 |
我喜屋ダム (海の方から遮水板を望む) |
水田用のコンクリートの高架水路 |
土帝君(ふとうきー):中国の土地神 |
屋蔵墓 (やぐらばか):琉球王朝第一尚氏の先祖である屋藏大王の墓 |
塩尻の神しあげと古民家のある道 |
塩尻の神あしあげ (足は短い) と拝殿 |
北緯27度線の標識 |
野甫の御産土井戸(ふまーがー):村指定文化財 |
野甫の古民家 (地元の岩から切出した石の垣) |
切出した石を積んだ高い石垣のある古民家) |
累計 | 11/8/11〜 12/8/11 |
歩行距離 約745km |
歩行数 約1468043歩 |
掲載写真 344枚 |
撮影写真 6683枚 |
> 溝原貝塚があった場所 上の大きな木はひんぷんガジュマル 下の3本のフクギがある所は名護博物館がある所 | 元国頭郡役所(今回の発掘場所) |
↑獣骨4の全体出土状態 ↑獣骨1の全体出土状態 |
↑獣骨1の顎部出土状況 ↑獣骨3の全体取り出し作業 |
↑獣骨1の出土状態全体スケッチ ↑獣骨3の出土状態全体スケッチ |
↑獣骨2の出土状態全体スケッチ ↑獣骨4の出土状態全体スケッチ |
↑獣骨4の出土状態 2個の貝を枕に頭部を上向きに配置 |
↑獣骨1の全体骨格分類図 ↑獣骨3の全体骨格分類図 |
↑獣骨2の全体骨格分類図 ↑獣骨4の全体骨格分類図 |
↑獣骨3の頭部の骨 ↑獣骨4の頭部・胸部・腰部の骨 |
↑獣骨3の胸部・腰部の骨 ↑獣骨の骨を説明 (桶泉岳二教授が名護博物館職員に) |
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名護漁港から調査船に乗る |
名護湾(名護市街沖)を航行 |
水納島、伊江島近海を航行 |
伊江島沖でウオッチしながら航行 |
クジラ調査船の前を泳ぐザトウクジラ |
クジラ調査船の横を泳ぐザトウクジラ |
背ビレ を見せて泳ぐザトウクジラ |
ブローしているザトウクジラ |
浮き上がって頭を持ち上げたザトウクジラ |
フルークをするザトウクジラ:上体を宙に投げ出すザトウクジラ |
ブリーチをするザトウクジラ:深く潜行する時に行う |
胸ビレ(外側から見て)を立てて泳ぐザトウクジラ |
胸ビレ(内側から見て)を立てて泳ぐザトウクジラ |
ブセナ岬近海をウオッチしながら航行 |
↑喜瀬ブセナリゾート近海でザトウクジラを発見 |
↑ウオッチング観光船の横を泳ぐザトウクジラ |
親子で遊泳するザトウクジラ |