飼い主の故郷・美川 白山市美川 ・おかえり祭り(木村亜世)
 美川は生まれてから大坂堺市に出るまで住んだ町であり、霊峰白山を源とする手取川が日本海に注ぐ町で江戸時代は本吉と呼ばれ、 北前船の帰港地で、以後港町として繁栄していたらしい。おかえり祭り]は天下の奇祭として有名であり、町内を巡る台車(だいぐるま) は日本でも数少ない3輪でである。


↑手取川と旧大橋、向こうは新大橋

↑美川駅の観光案内板

↑手取川の漁船と河口の高速道路大橋

↑美川漁港入港の漁船「美川丸」

↑手取川と旧美川大橋と手漕ぎ船

↑手取川河口の「スビリ採り」

↑手取川河口で釣り(父親62歳:1972年)

↑現在の美川駅

  ↑藤塚神社(おかえり祭の台車の起点地)

  ↑藤塚神社のお旅所(仮宮)の狛犬

↑藤塚神社のお旅所(仮宮)の台車

↑旧美川駅前のみこし(おかえり祭り)

↑美川小学校旧校舎 大正初期
 

↑手取川鉄橋上流での「イササ採り」

  ↑遊んだ安産川とフグ漬け加工場
    
  ↑ハリンコが泳ぐ安産川
 

↑北陸線美川踏切と市街

↑美川小学校の二宮尊徳像 新校舎では無くなった。
 

↑永井家 北前船主邸宅


 

↑濱上家 伝統的家屋

↑勝見仏壇店→


豪華な美川仏壇
 

↑安産川 <小学校方向> (1975年画)
右上は美川小学校体育館(奨健館)

↑美川中学校へ(1975年画)

↑神幸町の家の前の道
   

↑夕暮れの手取川での「スビリ採り」

↑手取川と安産川の船で遊ぶ子供

↑美川旧大橋、M・Aさん作の文集の絵

↑美川の海1(1975年画)

  ↑美川の海2 (1975年画)
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