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<吾輩の日記!(2012年) …天国からのメセージ
 吾輩が天国(こちら)へ来てから10回目の正月である2012年が明けた。今年は飼い主が沖縄県名護市に来て初めての正月であり昨年の3月に名護に来てから 丁度9ケ月だが、本土との違いが分かりかけて来たらしい。
本島西を流れる黒潮による亜熱帯気候は11月まで蝉が鳴く(カンカンとやかましく鳴く)長い夏をもたし、秋から冬は本土とは10〜15℃も温度が高いようだ。石川県の雪国生まれの飼い主なのに寒さを苦手している飼い主には なによりの場所であると言っている。
 現在沖縄本島の海岸線をカメラ片手に断続的に歩いて一周しており、何年もかかけて離島もすべて歩く意気込みである。飼い主は将来は本にまとめたいと 思っているようだが、果たして、、、、
化石採集はひと休みで、遺跡の発掘などの考古学、やんばるの自然や民俗学の研究、名護博物館、名桜大学、海洋博研究センタ−などの地質、自然などの講座等に参加しているようだ。昨年は東北大震災、福島原発の放射能飛散という 歴史的な災害があり、大変な年であったが今年は龍のように立ち上がり、平穏無事な年になるように願っている。
 政治を見れば民主党政権は菅政権から野田政権に移行したが、外力、内力にも負けずどろくさくブレずに対応しているのが良い。財政、年金などの諸問題解決の方向に舵をきる時であろう。
 大リーグでは松井選手がどこに行くかはまだ未定だが、今年こそはやってくれるような気がする。飼い主は近くの名護球場で北海道日本ハムファイターズのキャンプを見るのを楽しみにしているようだ。 話題のダルビッシュがいないは残念だが、、、
   

2012年
1月1日
(飼い主より)

    名護の元日は曇りで朝日が見られなかった。昨日の大晦日の早朝の名護の海と21世紀ビーチです。
ビーチの向こうに北海道日本ハムファイターズのキャンプ地の名護球場とその左に選手が泊るユガフインホテルが、さらに左に新築のドーム状の室内体育館(ハムの雨天練習場?)、遠くに沖縄一高い八重岳(453m)が見える。 八重岳 は日本で一番早い桜の名所でもある。

2012年
2月24日
(吾輩と飼い主
より)

2月に入ってから大分暖かくなったが、晴れた日が少ない。12月から2月は毎年このような天候らしいが、今年は特に寒いようだ。飼い主が沖縄に来てちょうど11ヶ月で、もうすぐ1年となるが、1月末から2月にかけて初めての体験を した事があるようだ。1月末に日本で一番早く咲く桜を見た事と2月の名護球場での北海道日本ハムキャンプを見学した事である。
カンヒザクラは八重岳、今帰仁城、名護城との順で寒さが一番厳しい旧暦の正月の1月末頃に開花してに赤く可憐な花を咲かせ、 それぞれ桜祭りがあり、各種イベントが開催される、名護のさくら祭りは三線演奏コンテストなどの催しもので多くの人で賑わった。
 また 日本ハムがキャンプをしている名護球場は飼い主の家から歩いて15分の所にあり、良く練習や他チームとの試合を見にいっているようだ。 また飼い主は名護球場の前で駐車場整理のアルバイトをしており、前を通る選手(球場の前のホテルに選手が泊っっており球場へ歩いて行き来する)を目の前でみる事が 出来てラッキーだと言っている。今年は斉藤フィーバーも無く、 ダルビッシュがいないので見学の車が少なく暇をもてあます時もあるようだ。
吾輩は野球というものを知らないが、沖縄には韓国チームを含めて15チームがキャンプにきており、寒さが苦手な吾輩も冬の沖縄で一度は過ごしてみたかった。、、、、、

2012年
10月1日
(飼い主より)

3月末に許田の 名護市民農園を借り、野菜造りにトライしている。名護から南へ8Kmの許田の道の駅を過ぎた58号線の高台にありかなりきつい道を登って行く。 4月末から土作りをし、少しずつ苗を買い植えていった。途中で数回の台風により葉や苗が枯れたり、野生動物(カラス、マングース、野ネズミなど)に実をかじられたりしたが、9月末まででかなり数の野菜(キュウリ、ナス、トマト、ゴウヤ、 ピーマン、レタス、 シシトウ、ウリズン(四角まめ)ラッカセイ、トウモロコシ、バジル、シソなどを収穫できた。これからサツマイモ、ジャガイモ、ダイコンの収穫を予定しており、土から掘出してみて収穫量が分かる物であり、化石や遺跡の発掘に通じる。 種や苗を買い、植え、それぞれの花が咲き、実り、収穫する過程は興味深く暖かい気候は一年中その楽しみを与えてくれる。期待外れの事もあるが、、、、、

2012年
11月1日
より)

沖縄には本土には無い巨大なわら綱で作った大綱を引く祭りがある。今年初めて沖縄三大大綱引きである 与那原(よなばる)大綱曵まつり 那覇大綱挽まつりを見に行った。どちらもは琉球王朝時代から慶賀行事として行われており、四百年の歴史があり、 東西の 大綱の上に支度(したく:琉球王朝時代の衣装を来た人)を乗せた大綱引きは非常に見ごたえのあるものでした。集団で物事を行うという沖縄を象徴するかの祭りです。 また米軍の基地駐在の家族が多数参加し、必死に綱を引っ張っていたのが印象的でした。私も無病息災、子孫繁栄のご利益を願って綱引きに参加した。



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